ルソー(1844~1910)
1844年フランス マイエンヌ地方のラヴァルに生まれるます。25歳からパリ郊外の関税局に勤める下級官吏としてパリの入口の門番を努めながらやがて趣味で絵を描き始めます。40歳を過ぎてから「アンデパンダン」展に出品をはじめ、ピサロやルダンにその作品を賞賛されますが多くの批評家や画商にはまったく認められませんでした。その後 退職して、バイオリン教師をしながら、アマチュア画家となりますが相変わらず絵は売れず、妻や子供も次々に亡くし、生活は苦しく辛いものでした。
しかしどんなに不幸に見舞われていてもその苦しみや悲しみを口にし、 感情をあらわにすることのない穏やかな人柄で、その人柄を表すように彼の絵に苦痛が生々しく表現されることはありませんでした。
詩人のアルフレッド・ジャリやギョーム・アポリネール、 ピカソやマリー・ローランサン、ブラックら 若い世代の画家達はルソーを 「無意識の天才」「自覚の無い前衛画家」と評価し「この黒は真似できない。」とゴーギャンは賞賛、ピカソは4枚のルソーの絵を終生手放すことはなかったそうです。
